出芽酵母は、パン酵母として知られ、世界中で研究されている生物モデルの一つです。この種の酵母はゲノムがすべて解読されており遺伝子操作がしやすく、研究室で扱いやすいため、細胞分裂や細胞死といった基本的な細胞プロセスを知るために非常に有用です。これからこの生体モデルの概要と生物学および生化学研究における様々な用途について話していきます。
出芽酵母は、膜結合性の核を持つ真核生物の一つです。キノコやカビ同様、キチンという高分子多糖でできた細胞壁もっており菌類に属します。この細胞壁成分は菌類だけでなく昆虫類や甲殻類の外骨格にも存在します。
興味深いことに、酵母内の多くのタンパク質は、真核生物のものと同じような配列を持ち、このことは共通の祖先をもつことを示唆しています。酵母に存在するタンパク質の働きを研究することで、ヒトなど高等真核生物の研究に応用されています。
自然界の出芽酵母は、温暖、湿潤な環境下、糖がある場所に存在します。なので、ブドウの表面は格好の生育場所です。
出芽酵母は明視野顕微鏡で観察でき、形は円から楕円卵型、大きさは直径5から10㎛です。
真核生物が有糸分裂、細胞質分裂する際、その遺伝子情報や細胞質成分は均等に娘細胞に配分されます。一方、出芽細胞は、出芽により細胞分裂が行われます。
この分裂は母細胞からの出芽による無性生殖です。母細胞は細胞周期と連動して成長し、分裂します。典型的な真核細胞の分裂様式とは異なり、出芽による分裂で生まれた2つの細胞の大きさは異なります。
ここで、生物としての出芽酵母について学び、何を持って研究に最有益な研究モデルとなり得るか考えてみましょう
まず、酵母細胞は90分毎に分裂し、増殖が早いです。2つ目に、簡単に増やすことができます。3つ目に、全てのゲノム配列が解読されており、データベースから遺伝子配列を知ることができます。
また、酵母は遺伝子操作も非常に実用的です。出芽酵母がもつベクターの多くはシャトルベクターです。シャトルベクターとは一般に、二つ以上の異なる宿主間で複製できるベクターのことです。例えば、原核細胞である大腸菌により複製されたクラゲGFP遺伝子が組み込まれたシャトルベクターを、真核細胞の酵母に導入し、蛍光発光させることが可能です。
酵母組み込み型プラスミドはシャトルベクターの一種で、相同遺伝子組み換えと呼ばれるプロセスを経て、外来DNAを酵母ゲノムに導入することができます。相同遺伝子組み換えとは、類似配列間で起こるDNAの交換のことで、ベクターと宿主遺伝子間でDNAの交換を可能にします。これにより、遺伝子ノックダウンや遺伝子入れ替えができます。さらにこのことで宿主ゲノムが安定し、酵母が分裂しても遺伝情報は残るという利点があります。
研究における酵母の利便性について知ったところで、次になぜこの小さな生き物が科学的にそんなに重要な意味を持つのかを考えていきましょう。昔々、紀元前6千年、ワインを作る際、ブドウの発酵に酵母が深く関わっていました。そののち古代エジプトではパンを焼く際に酵母が使われていました。
1856年、出芽酵母がワインやパンを作るときに鍵となる微生物であることをルイ・パストゥールが提唱しました。ルイは酵母を通性嫌気性菌に分類しました。この菌は酸素が無い条件下でも糖を代謝しアルコールを生成します。解糖系で生成したピルビン酸は、アセトアルデヒドとなり、その後NADHをNAD+へと変換することで、ワインの成分となるエタノールを生成します。
20世紀になると、ハートウェルとナースにより、酵母の細胞周期を制御するタンパク質が発見されました。
細胞周期は、細胞分裂前に誘導される核DNAの複製と分裂を含む細胞内イベントです。
サイクリンとサイクリン依存性キナーゼが間期から有糸分裂期にかけて豊富に発現していることから、これらが細胞分裂に重要な役割を持つことを提唱しました。これらの制御因子は他の細胞でも共通しており、細胞分裂が異常に盛んながん細胞のサイクリン依存的リン酸化酵素の役割を理解する上でも、酵母が利用されています。
その15年後には、ブラックバーン、グライダー、ショスタクよりテロメアとテロメラーゼが発見され大きな研究成果を挙げました。
テロメアは、染色体末端に存在し、 遺伝子情報の変性を防ぐDNAの繰り返し配列です。
この繰り返し配列は、染色体末端の3フランキング領域でテロメラーゼによって伸長され、
ヌクレオチドの補充はラギング鎖のDNAポリメラーゼによって制御されています。
テロメアは、生涯を通じてDNAセグメントが短縮するため、細胞老化の十分条件と考えられています。
1992年には、大隅らにより、細胞リサイクル機構であるオートファジーに関わる遺伝子が発見されました。
栄養飢餓状態で、消耗器官はオートファゴソームに取り込まれます。
それから、オートファゴソームは、リソソームと融合し、新たなタンパク質合成に必要なアミノ酸に分解されます。
オートファジーは病原体の侵入や腫瘍増殖を防ぐための重要な細胞メカニズムに関与しています。
酵母の研究はさらに広範囲に渡っています。オートファゴソームによりダメージを受けたミトコンドリアを分解するマイトファジーの研究にも酵母が応用可能であり、アルツハイマー病やパーキンソン病の研究に利用可能です。
ここでは、窒素飢餓培地を添加した酵母細胞でオートファジーを誘因します。
次に、マイトファジーを観察するため蛍光顕微鏡にセットします。
出芽酵母を用いることで、嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子のような大きなタンパク質を発現、精製をすることができます。
ここでは、CFTRプラスミドを組み込んだ酵母細胞を大型培養しています。
次に、ミクロソームを取り出すために細胞を遠心分離します。ミクロソームとは、断片化された小胞体が再び閉じて形成された小胞のことです。
ミクロソームから分離、精製した CFTRを用いて、X線結晶解析を用いた、たんぱく質構造解析が可能になります。
さらに、酵母を用いたヒトDNA修復タンパク質の遺伝子研究も行われています。
これらタンパク質は、ガン細胞のような欠損ゲノムをもつ細胞の増殖を防ぐための損傷 DNAを見つけ出し、修復します。
ここでは、DNA組み換え修復タンパク質、WRNと共に酵母をプレートに播種しています。
WRN遺伝子変異の細胞形態は蛍光顕微鏡で確認でき、タンパク質検出はウェスタンブロットを用いて解析できます。
今回のJoVE出芽細胞入門編では、出芽細胞の歴史、細胞分子生物学、生物医学的応用について学びました。皆様お楽しみいただけたでしょうか。私たちはより多くの方にこのビデオをご覧いただけることを願っております。